これまで目指していたハードル高めのリワークに通うことは、私には無理だと悟って、
前にも目を付けていた、職場に割と近い所、週二から始まって、期間はかなり柔軟に対応してくれる、という所に入所を決めて。
見学の時に対応して下さった看護師さん、スタッフさん達で一番上の方みたいだけど、
昨日の、入所初日にも、問診票に基づく聴取ということでお話をして。
普通は担当ってつけないんだけど、○○さんは私が担当についた方がいいかなと思う、と言われ、
まだそこまでたくさんはお話してないつもりだったんだけど、
小さい時のことが根っこにあるのかな、と思った、と。
たくさんいるんだって。色んな時々の子。小さいトラウマ。
子供の頃のことは、まぁ自覚はあったけど(速攻言われたのには驚いたけど)、
バンプがね。
何度か書いてるけど、
10代の多感な時期にめちゃくちゃ聞いてて、その後付き合った人ともよく聞いてて、その人は私の影響でバンプ好きになって、
確か、狂って入院してた時、新しいアルバムが出て、彼はそれを買って聞きながら待ってくれていて、
退院してよく一緒に聞いていて、なんだかその時の私や私たちが重なるような曲がたくさんあって、
私、人格も体型も変わっちゃって、戻る保証なくて、それで別れることになって、
結構長いこと付き合ってたし、私は狂いながら結婚までの具体的な日取りとか考えてて、別れるなんてほんとしんどくて、
何度目かの自殺未遂、タバコたくさん飲んだりして(すぐ吐いちゃって何ともなかった)、
でもしばらくは彼、相手してくれて。会ってくれて、電話出てくれて。
ただ私その頃、夜中に電話しちゃって次の日全然覚えていなかったりした。酔ってなくても。それがしょっちゅうだった。その後別の人と結婚して、ものすごくストレスがかかった時、意識がほとんどない中、タバコを買いに行って吸ったことがあった。ストレスがかかって「解離」が起きたんだね、と医者に言われた、
そうそんな、てんかん持ちでもないし、今思うと、この時だけだったなと思うけど、夢遊病みたいなことがしょっちゅうあった、
自分が思うよりもストレスを感じていたのかもしれない。
それから年月が経ち、その間つらくてバンプは聞けなかった。
朝ドラの主題歌としてバンプが流れた日は、歌の最中ずっと涙が止まらなくて、そのことに動揺してその日のドラマの内容は全然頭に入って来なかった。
それがもう数年前だよね、そこから徐々に徐々に聞けるようになって、
ついに、自分達を重ね合わせてた曲達も聞けるようになってきて、
あー。これ。ここに小さい子いたんだな、って。泣けてくる。
前、「みえる」系の整体師さんにみてもらった時、
28歳の時何かつらいことあったでしょう、と言われて、
私の中の人生の転機で大きいものって、狂った27歳だったから、
んー…?28、ですか…??何かあったかな…という感じだったんだけど、
振られたのが28だなたぶん。そこに小さい子がいるんだろな。
夢遊病みたいに、そのことすら、深く傷ついたことすら、記憶から消えていたということでしょうか。
小さい子が出てきたら、「あの時とは状況が違うよ。あの時の自分とは違うよ」って言ってあげることが大事だと言われた。
「あの時、私、つらかったね」って思ってホロホロ泣けるんだが、それでもいいのかな。なんか、そうしたくなるんだ。
ふぅ
気付いたら吐き出さずにはいられなかったので。
良くなるのかなぁ
戻れるのかなぁ
私に引き継ぐために、大先輩はもう一年延長を決めてくれたんだって。前まで、もう延長しなさそうな口ぶりだったのに。
戻れるのかなぁ
なんで、普通に生きられないのかなぁ
頑張ってるつもりなのになぁ
大丈夫だよ、と言われることも多いけど、一向に大丈夫にならない。
涙が出るよ。
こういう時に、一通り泣くことも大事じゃないかと思う。
でもきっと、あまり悲観的になりすぎるのも、心の健康に良くないと思う
うん
うん
焦らず。
腐らず。
諦めず。